Livre para Viver

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「ニート」としてラベリングすること

なんだかなー。的な記事への批判が最近多いですが・・・。

ニート、60万人に減少 子ども・若者白書 :日本経済新聞

15~34歳の若者で仕事も通学も求職もしていない「ニート」は13年に60万人で、前年に比べ3万人減少したことが明らかになった。(中略)ニートが求職活動や就業を希望しない理由に関し、15~19歳は「学校以外で進学や資格取得の勉強をしているため」、それ以外の年代は「病気やけがのため」が最も多かった。 

 「学校以外で進学や資格取得の勉強をしているため」が10代では最も多く、それ以外の年代では、「病気や怪我のため」が最もおおいとのことですが・・・。

今年のは、内閣府のホームページでまだ見られないようなので、平成25年版の概要*1を参考にして、ちょっと中身を見たいと思います。

「病気や怪我のため」が全年代で10%を超えており、30歳から40歳では40%を超えます。一方、「学校以外で進学や資格取得の勉強をしているため」は、10代で30%以上(グラフが見にくいので、ひょっとしたら35%を超えているのかもしれません)の人がこれを理由にあげています。やむを得ず、または、将来の職のために仕事をしていない人が多いことが分かります。

一方、「ニート」は、この記事が定義するところによれば、「仕事も通学も求職もしていない」者とのことですが、あまり良いイメージはありません。

自虐的に「私はニートですから」という言葉を何度も聞いたことがあります。

ニート」としてラベリングすること

ちなみに、平成25年版の内閣府の白書では、「若年無業者」のうち、「求職活動をしていない者」としており、「ニート」ということばは使っていません。確かに、これはいわゆる「ニート」に該当するわけですから、新聞記事で「ニート」としても問題ないように思われます。

しかし、「求職活動をしていない者」といった場合と、「ニート」といった場合に、その持つイメージは大きく変わります。

「求職活動をしていない者」であれば、病気やけがなどの理由、自分で勉強しているなどの理由が思いつきます。

しかし「ニート」というと、記事中の定義を明確にしたとしても、「働けるのに(勉強できるのに)」「働いていない(勉強していない)」者というイメージがつきまとってしまうのではないでしょうか。

ニート」としてラベルをマスメディアが貼ってしまうことで、彼らを追い詰めることに成りかねません*2

努力しない奴ら

ニート」は「ひきこもり」は努力をしない奴らだ、といった言説をしばしば見かけることがあります。

でも、先の内閣府の資料に見られるように、病気療養中だったり、勉強中だったりする人が多くを占めるわけですよ。

そういう人にも、努力せよ、社会に出よと言えるのでしょうか。

また、「ニート」と呼ばれる人たちのうちどれだけが戦略的に「ニート」になろうとしているのでしょうか。おそらく、大半の人がそうではありません。病気・けがの人と学校以外で勉強している人、通学している人(なぜこれが入っているのだろう?)を足してみたら、それは明らかではないでしょうか。

なりたくてなっているわけではない人を、悪いイメージのついているラベルでラベリングすることは極めて危険だと感じます。

そういう人たちを「ニート」とラベル付けすることによって、該当すると自分でみなしている人たちが自分を卑下したりすることにつながってしまうのではないでしょうか。

大げさかもしれませんが、「やっぱりオレはニートなんだ。自分はどうせだめなんだ」となって自殺や自傷行為にもつながりかねません。

「ゆとり」などもそうですが、メディアのこういったラベル付けは、なんとかならないのかなーっと思ってしまいます。

ところで、以下の記事には、共感する部分が多いです。

「働きたくない人がニートやってる」と思ってる時点で勘違いなんじゃボケ! - とある青二才の斜方前進

 読もう読もうと思ってまだ読んでないや↓

「ニート」って言うな! (光文社新書)

「ニート」って言うな! (光文社新書)

 

 

*1:平成25年版 子ども・若者白書(全体版)(PDF形式) - 内閣府

*2:マスメディアは面白がって使っているのだとは思いますが