Livre para Viver

日本語とポルトガル語とその周辺

日本人は空気ばかり読んでいるからこんな教科書になったのか?

谷本真由美さんのコラムで以下のようなものがありました。

日本人は空気ばかり読んでいるからグローバルなサービスを産み出せない理由 - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

この記事の本筋の是非については、ここでは議論を避けたいと思います。

まず、「日本人は空気ばかり読んでいる」という前提についても、「グローバルなサービスを産み出せない」ことについても、根拠を提示できないからです。

ですから、本筋でないところに着目してみたいと思います。

空気を読んで欲しいからこんな教科書になったのか

このコラムは、次のような一文でしめられます。

ワタクシは、こういう日本国内のルールにどっぷりとつかり、空気を読むことばかりに長けた日本人が多い理由が、海外進出で失敗したり、グローバルな製品やサービスを産み出せない原因の一つだと考えています。

日本は少子高齢化社会です。この先どんどん厳しい状況に直面することは目に見えています。生活レベルを維持したいなら、外からお金を稼いでくる必要がますます必要になるかもしれません。

そんな状況なのに、小さな子供に日本のルールに沿って「空気を読みなさい」と教えることが正しいことなのかどうか、我が国の教科書執筆者や保護者はよく考えるべきかもしれません。 

(強調は筆者)

という文章で、この記事は締めくくられています。

この記事は、次のツイートを元に書かれたようです。

さて、この教科書の執筆をした人は、「空気を読めるオトナになれるように」このページを書いたのでしょうか。

おそらく違うのではないかと推察します。

むしろ、同じ発話であっても、複数の含意が文脈によって現れることがあるということを知って欲しかったのではないでしょうか。

例えば、「この部屋、暑いねー」と言ったときに、「ホントだねー暑いねー」「暑いから窓をあけようか(エアコンを付けようか)」のどちらの反応も正解です。文脈などによって、どちらがより適切かが異なってくるだけです。

この教科書の場合も、恐らく「たかし」の反応としては、どちらも適切だと思います。

ただ、文脈やその他ノンバーバルな要因によって、ある発話の含意が異なってくるということを考えてほしいだけのような気がします。

実際、ある発話の後に間があるか、ないかで、印象がどのように変わるかを考えさせています。

子どもに「空気を読む」ことを学ばせるのではなく、ある発話が、様々な含意を持つのだ、ということを伝えたいだけ、ということなのだと思います。

というわけで、私は、教科書作成者は、「空気を読む」ことを教えたかったのではないのだと考えています。

「空気を読む」は日本語だけの問題か

先ほど、含意ということばを用いました(ここでは便宜的に、「含意を読み取ること」と「空気を読むこと」*1ほぼ同義であると捉えています)。さて、この含意というのは、日本語だけの問題かということです。

これは、しかし、日本語だけの話しではなく、様々な言語で普遍的にみられることです。そもそも、会話の含意というのを理論化した言語哲学者グライスは、イギリスの人です。

論理と会話

論理と会話

 

 含意を読み取るということが、「空気を読む」ということであれば、「空気を読む」ことは、日本語に限られないと考えられます。

教科書の書き方の問題?

さて、「空気を読む」ことを子どもに教えるための教材である、ということは、どこから読み取れてしまったのでしょうか。

教科書の書きっぷりを確認していきたいと思います。

たかしさんの返事は、なぜちがったのでしょうか。 

と書かれています。

確かに、これだけを見ると、「たかしの返事が間違っていた」ということが読み取れます。

おそらく、女の子の期待していた答えとは違った、ということを指摘したいのでしょうが、これを「間違っていた」と取ると、「正しいことを教える」というように解釈できてしまうでしょう。

これが議論の種になってしまったのではないか、と推測します。

「空気を読む」ことが正しいか正しくないかの判断であれば、議論になっている指摘も適切なものだったかもしれません(「空気を読む」ことの是非についてはここでは議論しません)。 

が、もし教科書が、「ある発話が、その発話そのものが行っている以上のことをしてしまう」ということを考えて欲しいだけだったのであれば、その教科書はとんだとばっちりを受けてしまったのではないか、と考えられます。

関連書籍たち

賛否はあれど、次の本は、語用論についてとても分かりやすく説明しています。会話の公理や含意なども、とても分かりやすいです。 

日本語語用論のしくみ シリーズ・日本語のしくみを探る (6)

日本語語用論のしくみ シリーズ・日本語のしくみを探る (6)

 

談話分析に特化した本ですが、こちらも簡潔で分かりやすいです。

ディスコース―談話の織りなす世界

ディスコース―談話の織りなす世界

 

相互行為としての会話の連鎖構造について豊富な例を提示して書いている教科書です。ちょっと難しいけども。

Sequence Organization in Interaction: Volume 1: A Primer in Conversation Analysis

Sequence Organization in Interaction: Volume 1: A Primer in Conversation Analysis

 

 

*1:指摘されている教科書の「空気を読むこと」から判断しています。